妻の母が死んだ その後

一年後の3月11日。私はまた、釜石に来た。義母の一周忌だ。

一周忌

一周忌の式は、簡素なものだった。近い親戚だけ、20人ほど集まって式を行った。義母の二人の子である私の妻と妻の姉さんの家族、義母の兄弟が参加した。

娘も参加していた。娘は、左手の薬指に指輪をしていた。娘は、まだ結婚していない。娘は、私や妻に見られることを認識した上で、左手の薬指に指輪をしていた。

どう声をかければよいのか言葉に迷ったが、一年前と同じように、考えがまとまらないまま口に任せて話しかけた。

もうそこに指輪してんのか。

ちょっと威圧的に聞こえてしまう言葉だったかもしれない。相変わらず、私は良い言葉を喋る能力がない。

だって、ここに着けてくれって言われたんだもん。

娘は、彼氏、という言葉を使わなかったが、そう言った。娘はおそらく、義母に見せたくて、今日この場に指輪を着けて出席したのだと思う。

一年前の弔辞の中で娘は、義母に会わせたかった人がいる、と言って、彼氏の存在に触れていた。

娘は、二年前の秋、彼氏を私と妻と息子に会わせていた。その半年後に、義母が死んだ。私たちには会わせたのに、義母に会わせなかったことが心残りなのだろう。だから、彼の存在を明示してこの一周忌に参加したかったのだろうと思う。

一周忌の式は、読経と焼香を行ったあと、会食をして、4時間ほどで終わった。

最近

最近の私は、たまに、涙のスイッチが壊れる。

つい一週間ほど前、肩が凝り、マッサージ屋さんに行った。うつ伏せで寝ている時に娘の弔辞を思い出し、泣いてしまった。鼻をすする音を聞いて、マッサージ師さんがティッシュを出してくれた。風邪気味なのかな、と言い訳をしながら鼻水を拭いた。

私はこれまで、義母が作ってくれた幸せを享受してきた。

娘は就職して一人暮らしを始めている。息子はまだ中学二年生だが、大学に入れば一人暮らしを始めるだろう。妻と私は、既に離れて住んでいる。義母が作ってくれた幸せは、少なくなっていく。

義母は私に、たくさんの幸せを与えてくれていた。

これからの私は、自分の幸せを、自分で作っていく。

<妻の母が死んだ 完>

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